僕が連絡したら、動いた。それが、嬉しくなかった。 − 部下が渡れる橋の架け方 −
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部下が、困った顔で席に来ました。
若手の部下
その場で、僕が相手部署へ連絡を入れました。話は、あっさり進みました。
部下は「さすが課長ですね」と言ってくれました。
でも、僕は、まったく嬉しくありませんでした。
課の中では指示する人だった僕が、一歩外へ出ると、ただのお願いする人になっていました。
動いたのは、僕が偉いからではありません。相手が僕の仕事の進め方を知っていたこと、以前から少し関係があったこと、こちらも相手の事情を聞く姿勢を見せたこと。効いたのは、たぶんそちらでした。
異動や組織の入れ替えで、他部署と組んで仕事をすることが増えた人へ向けて書きます。
頼んでも動いてもらえない。あの、手応えのなさの話です。
📒 先に、この記事の予告を3行
- 課の外には、指示が届かない「権限の切れ目」がある
- 動かない時は、相手を責める前に依頼の形を見る
- 管理職は、部下が渡れる橋を架ける
課の中では指示だった言葉が、一歩外へ出るとお願いに変わる
課長の指示が届くのは、基本的に自分の課の中までです。他部署に対して、僕に指示権はありません。必要なのは、お願いし、優先順位をすり合わせ、合意をつくることです。
課の中なら、「これを、この期限までにお願いします」と言えます。それで話が動きます。
ところが、課の外へ一歩出た瞬間、同じ言い方は通用しません。相手にも上司がいて、担当している仕事があり、優先順位があります。僕が課長であることは、相手にとって、命令を受ける理由にはなりません。
組織図には、部署を分ける境界線が引いてあります。でも、仕事をしていて実際に感じるのは、線というより「切れ目」です。課の中では指示だった言葉が、一歩外へ出た瞬間、お願いに変わる。その切れ目のことを、この記事では「権限の切れ目」と呼びます。
冒頭の場面で、僕が連絡したら話が進んだのも、この切れ目を、たまたま僕の側の関係で越えられただけでした。
僕の肩書きだけでは、課の外は動きませんでした。通用したのは、以前一緒に仕事をした記憶の方でした。
図では境界線と書きましたが、実際に感じるのは切れ目です。
念のため書いておくと、これは「貸しを作っておけ」という話ではありません。前に助けたのだから今度はやってくれるはずだ、と権利のように考えるのは、違うと思っています。相手が動いてくれたのは、借りを返しただけではなく、この人の依頼なら事情を話せば分かってくれる、という安心もあったからでした。
課の中でさえ、伝えたつもりが伝わらないことがあります。その話は「いい感じにやっといて」が、いちばん危ないで書きました。課の外なら、なおさらです。
では、関係の蓄積がない相手には、何もできないのでしょうか。そうではありませんでした。まず見直したのは、依頼そのものの形でした。
他部署が動かない時、最初に見るのは依頼の形
相手が非協力的だと決める前に、依頼がどう届いたかを確認した方がよさそうです。届いていないか、相手の机の上で一番上に置かれていないだけのことが、思っていたより多くありました。
分かりにくい依頼は、脇へ置かれる
部下から「他部署が動いてくれない」と相談を受けたとき、僕がまず確認するのは、相手の態度ではありません。部下が、何を、どう伝えたかです。
よくあるのは、こういう形でした。長いメールの途中に、依頼したいことが埋まっている。あるいは、期限が曖昧で、急ぎなのか余裕があるのか、相手には分からない。
本人は依頼したつもりでも、相手から見ると、まだ判断できる状態になっていない。
分かりにくい依頼は、反対される前に、相手のタスクリストの奥へしまわれます。
だから、依頼の文面には、最低限これだけは入れるようにしています。
📒 依頼に、最低限これだけは書く
- 何を、してほしいのか
- なぜ、必要なのか
- いつまでに、必要なのか
- 難しい場合、どこまでなら調整できるのか
この4つは、あとで分かったことですが、相手が自分の上司に説明するときの材料でもありました。
4つ目の「どこまでなら調整できるか」は、特に大事だと感じています。選択肢を残すからです。
「全部が難しければ、まずこの部分だけでも助かります」「今日が難しければ、いつなら可能でしょうか」「この方法が難しければ、別の進め方でも構いません」。
選択肢がない依頼は、相手に「受けるか、断るか」の二択を迫ります。
断れる余地や代案がある依頼の方が、相手は自分の事情を正直に話しやすい。難しい理屈ではなく、実務でそう感じます。
それから、急ぎの用件は、メールやチャットを送っただけで終わらせず、対面や電話でも一言添えるようにしています。少し古いやり方に見えるかもしれません。でも、仕事を動かすのは、通知を受け取るシステムではなく、人でした。
相手の机の上には、同じような一件が並んでいる
もう一つ、動かないときに見落としていたのは、相手の側の事情です。
こちらは緊急だと思って頼んでいるのに、相手の反応が鈍い。最初は、なぜこの重要性が伝わらないのだろう、と思っていました。
でも、話を聞いてみると、相手にも、こちらからは見えない締切がありました。別の案件で、すでに約束している納期がある。上司へ提出する資料がある。他部署からも、同じような急ぎの依頼が来ている。
こちらの締切は、相手の机の上では、一番上に置かれていませんでした。
それからは、「いつまでにできますか」と一方的に期限を聞く前に、こう聞くようにしています。「今、そちらでは何が動いていますか。こちらの依頼を入れるとしたら、どこが一番苦しくなりますか」。
「なぜ動かないのか」と責めるより、「何を背負っているのか」を聞く方が、話は進みやすい。
連絡の手段が増えたこと自体は、悪いことではありません。ただ、増えたのは手段で、相手の事情の見え方までは増えていませんでした。画面では、一件送っただけに見えます。でも相手の机には、同じような一件がいくつも並んでいます。
動いてもらえなかったときは、同じ依頼を繰り返すより、形を変えます。必要な部分だけにする。期限を変える。こちらで一部を引き取ることもあります。ただし、引き取ったままにしない。その話は後半で戻します。引き受けるものが増えていく話は、管理職は、偉くなる仕事じゃなかったでも書きました。
説得する相手を、間違えていた
正直に、うまくいかなかった話も書きます。
以前、依頼の価値を理解してもらえず、断られたことがありました。丁寧に説明したつもりでした。それでも、相手は首を縦に振りませんでした。
あとから分かったのは、こういうことです。その人にも、自分の上司へ説明して、承認をもらう必要がありました。そして僕は、その人が自信を持って上司に説明できるところまで、材料を渡せていませんでした。
僕は、相手を説得すればいいと思っていました。でも、その人が説得しなければならない相手は、その人の上司でした。
さらに良くなかったのは、そのあとです。一度断られたことで、相手は考えを変えない状態に入ってしまいました。そうなると、僕がそのあとに渡した追加の情報も、「無理」「分からない」の側で受け取られるようになりました。
一度「無理です」という結論が固まったあとでは、追加の情報を渡しても、話はなかなか戻りませんでした。だから、断られる前に、必要な材料を渡すことが大切だったのだと思います。
この失敗を振り返って、今ならどうするか、と考えました。担当者と相談したうえで、必要なら上司同士で優先順位をすり合わせる。担当者の権限では決められない問題を、その人だけに背負わせないためです。うまくいったかどうかは、分かりません。ただ、やってみる価値のある行動だったと思います。
「社内政治」が嫌いだった僕が、それでも必要だと思うもの
僕が必要だと思うのは、政治力ではなく、相手を突然困らせない段取りです。
正直に言うと、僕は「社内政治」という言葉が好きではありませんでした。偉い人に気に入られる。裏で話を通す。会議の前に、結論を作っておく。そういう、少し薄暗いものを想像していたからです。
ナギ(心の声)
でも、複数の部署と仕事をするようになって、見方が少し変わりました。
会議の場で、初めて依頼を聞かされる。相手からすれば、それは負担です。判断する材料も、上司に相談する時間もないまま、その場で答えを迫られるからです。
事前に背景を知らせる。相手の懸念を、先に聞いておく。影響がありそうな人へ、早めに伝えておく。これは、相手を操ることではありませんでした。
相手が判断するために必要な背景を、会議より前に渡しておく。
それだけのことでした。社内政治を、無理に良いものだと言うつもりはありません。ただ、僕が必要だと思うのは、政治力よりも、相手を突然困らせない段取りの方です。
この「社内政治」という言葉を、感情ではなく研究の側から見直した本があります。記事の最後に置いておきます。
橋を架けることと、代わりに渡り続けることは、同じではない
管理職の役割は、毎回代わりに電話をかけることではありません。部下が動きやすい状況を作り、その先を任せることです。
冒頭の場面で、僕が連絡したら話が進みました。でも、そこで「やはり管理職が出なければ駄目だ」と結論を出すのは、違うと思っています。
他部署を動かす力も、仕事を進めるために必要な力です。職位や経験が変われば、話のできる相手も、任される調整の範囲も変わっていきます。担当者同士で解決できる話まで僕が引き取れば、部下は、課の外と仕事を進める経験を、いつまでも積めません。
だから、依頼の内容に応じて、こう分けて考えるようにしています。部下へ任せる領域。管理職と一緒に進める、少し背伸びの領域。管理職同士で調整すべき領域。
「任せる」という言葉で、実際にはただ放り出していた時期が、僕にもありました。
一方で、担当者の権限では決められない問題を、若手の交渉力だけに背負わせるのも違います。さきほどの、断られた一件もそうでした。粘って同じ相手に説明を重ねるのではなく、決められる場所へ問題を移すべきだったのです。
交渉が失敗したから上司が出るのではありません。決める権限のある場所へ、問題を移すために上司が出るのです。
では、任せることと放り出すことを、どう分けるか。今の僕は、最初の一度だけ同席します。毎回ではありません。それも、最初の5分だけ。あとは席へ戻ります。
その5分で、部下に見てもらうのは、背景をどう伝えるか、どこは譲れてどこは守るのか、断られたときにどんな代案を出すか。それを一度見せたら、そのあとのやり取りは、部下へ戻します。
僕が相手部署へ一本入れれば、部下は動きやすくなります。ただ、その後も僕が連絡を続けたら、結局、仕事は僕のところへ戻ってきます。最初に背景を共有し、相手と部下が話せる状態を作る。そこまでが、僕の仕事です。その先は、部下へ返す。
ナギ(心の声)
上司との間に橋を架ける話は、以前”いい感じにやって”を翻訳するで書きました。あの時は上へ。今回は、横です。
管理職は、部下の代わりに渡るのではなく、部下が渡れる橋を架ける。
まとめ|切れ目は消せない。橋は、必要になる前に架けておく
組織図がある限り、権限の切れ目は無くなりません。誰の権限にも、必ず端があります。
権限の切れ目は消せません。できるのは、必要になる前に、橋を架けておくことだけです。
📒 持ち帰り用に、3行だけ
- 他部署が動かない時、責める前に依頼の形を見る
- 依頼は、相手が自分の上司に説明できる形になっているか
- 管理職の仕事は代わりに渡ることではなく、部下が渡れる橋を架けること
最後に、今週やってみることを、一つだけ。
これから他部署へ頼む仕事を一つ思い浮かべ、正式な依頼になる前に、背景を一本だけ共有してみる。「この先、こういう話が出るかもしれません。まだ依頼ではありませんが、早めに共有しておきます」。それくらいから、でよいと思います。
橋は、渡る必要ができてから架けるものではありませんでした。渡る前に、架けておくものでした。
※この記事は、一人の管理職の一次体験です。登場するやり取りは、特定の個人や部署が分からないように再構成しています。
— Calmly. Surely. —
もう一歩、深く知りたい人へ
「社内政治」という言葉に、抵抗のある人へ。この本は、処世術や駆け引きの指南書ではありません。印象操作や派閥、根回しといった、会社の中で実際に起きていることを、世界の経営学の研究から捉え直そうとする一冊です。感情でこの言葉を避けてきた人が、一度、研究の側から見直すための土台になります。
社内政治の科学 経営学の研究成果
「社内政治とは何か」という定義そのものを問い直し、リーダーシップや組織分析の観点から体系的に整理した一冊です。本記事の「相手を突然困らせない段取り」の先を、感覚ではなく研究の言葉で確かめたい人に合うと思います。
- 印象操作・派閥・根回し・社内人脈を、経営学の理論とフレームワークで解説
- 「社内政治とは何か」を問い直し、リーダーシップの観点から体系化
- 実証研究をもとに、ビジネスパーソンに必要な「政治力」を実務の知見として提示
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