同期に、抜かれた日 − "横の物差し"を、床に置けなかった40代課長の話 −
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あいつが、上に上がった。自分は、同じ場所にいる。
その報せを聞いた時、僕は表向き、普通にしていました。
ナギ
そう言ったと思います。祝う気持ちは、ちゃんとありました。これは本当です。
でも、一人になった帰り道、胸の中に、うまく言葉にならない何かが残りました。
正直に言うと、「抜かれた」という言葉は、少し正確ではありません。でも、その言葉を使いたくなるくらいには、ざわついた。それが本当のところです。
この記事は、同期に勝つ方法の話ではありません。祝う気持ちと、言葉にならない気持ちを、両方持ったままでいいという話です。
📒 先に結論(この記事の3行)
- 先に上がった同期にザラつくのは、心が狭いからではない。祝う7割は本物で、残る3割も本物。
- 同期という"横の物差し"は、勝ち負けだけでなく、自分が"選ばなかった道の差額"まで見せてくる。
- 物差しは、床に置いていい。比べる相手を「去年の自分」に一本だけ替えると、少し息ができる。
同期の昇進を、素直に喜べない|祝う7割と、言葉にならない3割
知った瞬間は、普通にしていました。相手が努力していたことも知っているし、評価されるだけのものがあったことも分かる。だから、祝う気持ちの7割は、本物でした。
でも、残りの3割が、うまく言葉になりませんでした。
悔しい、とは少し違う。嫉妬、と言い切るほど単純でもない。
置いていかれた感じ。自分だけ、同じ場所に残っている感じ。「あれ、自分は何をやっていたんだろう」と、一瞬だけ足元を見てしまう感じ。
祝う気持ちと、ざらつく気持ちが、同じ胸の中に、同時にありました。
ナギ(心の声)
いちばんよく覚えているのは、帰り道の感じです。その場では、ちゃんと祝っている。おめでとうも言う。笑って話もする。でも、一人になった瞬間に、胸の中に残っていたものが出てくる。
おめでとうのメッセージを打とうとして、スタンプを選びかけて、指が一瞬、止まる。相手の名前を見て、何を書けばいいか迷う。結局、無難な言葉を送る。でも、送ったあとも、少し苦い。
祝う気持ちは、本物だった。それでも残る3割に、ずっと名前をつけられずにいた。
しんどいのは、祝えなかったことより、祝えない自分に気づいたことのほうだったのかもしれません。
でも、先に言っておきます。その3割は、なかったことにしなくていい。祝う7割が本物であることと、3割がざらつくことは、両立します。どちらも、あなたの本当の気持ちです。
「抜かれた」のではなく、選ばなかった道を見ただけ
ここから少し、僕自身の話をします。
正直に言うと、僕は管理職を、どこか罰ゲームのように見ていた時期があります。だから、同期が先に上がった時も、「おめでとう」というより、心のどこかで「ご苦労さまです」に近かった。大変な役割を、引き受けたんだな、と。
その頃の僕にとって、先に上がった人は、ライバルというより、先にその道を歩いている人でした。だから自分がその立場になりそうな時は、むしろ、どんな景色なのかを教えてもらう感覚もありました。
でも、何だかんだで、見え方は変わっていきます。
先に上がった人には、その分の経験年数が積まれている。そして、給料をはじめ、目に見える差は、確かに広がっていました。そこを見ないふりをすると、話が少し、きれいすぎる。
自分で選ばなかった道にも、あとから見れば、差はついている。
ここで、一つだけ、はっきりさせておきたいことがあります。
はっきり自分で「上には行かない」と選んだ人ばかりではありません。選んだつもりもないのに、気づいたら差がついていた。届きたかったのに、届かなかった。そういう人のほうが、多いかもしれない。
それでも、ざらつくのは、あなたが弱いからではありません。差を見て胸がざわつくのは、心が狭いからでもない。次の章で、その正体を書きます。
なぜ差がつくと苦しいのか|“横の物差し”の正体
入社した頃、同期には、横一列の感覚がありました。
同じ研修を受ける。同じようなスーツで並ぶ。同じような年齢で、同じような不安を持っている。あの頃は、差なんて、ほとんどありませんでした。少なくとも、そう見えていました。
でも、何年か経つと、道は少しずつ分かれます。担当する仕事が変わる。異動先が変わる。上司との相性も違う。家庭の事情も違う。得意なことも、そうでないことも出てくる。そのうち、昇進のタイミングもずれてくる。
若い頃は、それを「差」として見てしまいます。今思えば、差というより、コースが分かれていっただけなのかもしれません。それでも、差は差です。そこは、消さないでおきます。
問題は、自分の頭の中の”同期”という記憶が、いつまでも入社式のあの一列のまま、止まっていることです。
同期は、いつまでも入社式のあの一列に、僕を並ばせてくる。
これが、“横の物差し”の正体です。同期という定規は、入社時のスタートラインで、目盛りが止まっている。もう全員、違う道を、違う速さで歩いているのに、頭の中の定規だけが、まだあの一列を測り続けている。
今の自分を、その止まった目盛りで測るから、苦しくなる。相手が悪いわけでも、自分がダメなわけでもありません。ただ、古い物差しで測っているだけなんです。
道を選んだことと、心が揺れることは、別
もう少しだけ、自分の話を続けます。
僕は、自分なりに引き受けられる量を考えて、上に行くことだけを正解にはしない選択を、してきました。逃げではなく、自分の中ではかなり考えた選択です。
だから、理屈では分かっています。自分は自分の道を選んだ。役職だけが価値ではない。今の場所で、やるべきことがある。そう思っています。
でも、それでも、同期が上に行ったと聞くと、少し揺れる。
ナギ(心の声)
そこで、また自分を責めたくなる。でも最近は、こう思うようになりました。
選んだことと、揺れないことは、別です。
自分で選んだ道でも、隣の道がまぶしく見える日はある。それは、選択が間違っていた証拠ではありません。ただ、人間の心には、そういう揺れが残る、というだけのことです。
そしてこれは、自分で選んだ人だけの話ではありません。選んだつもりもないのに差がついた人も、届かなかった人も、同じです。揺れるのは、あなたが弱いからではない。ただ、心が正直なだけです。
「選んだ自分」も、「届かなかった自分」も、同じ3割を、胸の中に持っている。そこに、上も下もありません。
比べるのをやめられないなら|物差しを”縦”に替える
では、その3割と、どう付き合うか。
正直に言うと、僕も、完全に折り合いがついたわけではありません。横に並んでいる人と比べる気持ちは、たぶん、完全には消えない。だから、消そうとするのは、やめました。
代わりに、やっていることがあります。横の物差しを、いったん床に置くことです。
同期と比べて苦しい時は、だいたい、会社の中の順位だけで自分を測っている時でした。役職、等級、異動先、上司からの見え方。分かりやすいものほど、自分を狭くします。
そこで、比べる相手を、「去年の自分」に一本だけ替えてみます。
去年より、部下に任せられるようになったか。去年より、自分の考えを言葉にできるようになったか。去年より、自分の働き方を、少しは選べるようになったか。去年より、家族や自分の時間を、大事にできているか。
僕自身、去年は自分で抱え込んでいた判断を、今年は部下に任せて、任せきれた場面がありました。小さなことです。でも、横の物差しでは絶対に測れない一目盛りでした。
比べるのをやめられないなら、比べる相手を”去年の自分”に替えればいい。
それでも、ざわつく日はあります。でも、ざわついた時に「自分は今、横の物差しで測っているな」と気づけるだけで、少し楽になる。感情を消すのではなく、何で測っているかに気づく。それが、僕なりの折り合いです。
差は、縮まらないかもしれません。それでも、測る物差しは、自分で選べます。
一つだけ、具体的な提案をします。社外の評価を、一つだけ持っておくことです。副業でもいい。自分の市場価値を一度知ってみることでもいい。社外の場に出てみることでもいい。どれか一つを、今週、始めてみる。巻き返すためではありません。社内の順位だけで、自分を測らないためです。
まとめ|出世は、勝ち負けではなく、選択
出世は、正解でも、不正解でもありません。
自分が何を大切にするかの、選択です。
収入を上げたくて出世するのも、いい。自分の力をもっと高めたくて出世するのも、いい。周りの期待に応えたくて、チャレンジするのも、いい。全部、ありです。何を大切にするかで、選ぶ道は変わります。
そして、上がった同期は、ちゃんとすごい。それは、認めていい。そのうえで、自分の中に残る3割を、どう扱うか。それだけの話です。
祝う7割も、ざわつく3割も、本物です。その両方を、持ったままでいい。
おめでとう、と心から言えなくても、いいんです。心に3割が残ったままでも、次に会った時、少し目を見て、頷けたら。それで、十分だと思います。
📒 この記事の3行
- ザラつくのは、心が狭いからではない。祝う7割も、ざわつく3割も、本物。
- 同期という"横の物差し"は、選ばなかった道の差額まで見せてくる。否定せず、床に置いていい。
- 比べる相手を「去年の自分」に替えると、少し息ができる。出世は勝ち負けでなく、何を大切にするかの選択。
※この記事は、一人の管理職の一次体験です。比べる苦しさが強く、眠れない・気分が晴れない日が続く時は、無理をせず、社内外の相談先や専門家を頼ってください。
— Calmly. Surely. —
もう一歩、深く知りたい人へ
「他人の評価から、自分をどう取り戻すか」。それを正面から扱った一冊が、これです。
嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え
同期の出世は、同期の課題。自分がどう生きるかは、自分の課題。この"課題の分離"が、横の物差しを床に置くための、いちばんの土台になります。承認欲求に振り回される自分を、静かにほどいてくれる一冊。
- 他人の評価は、他人の課題だと切り分ける
- 承認欲求から自由になるという考え方
- 他人の評価ではなく、自分の選択に目を戻す
あわせて読みたい:比べる心や承認欲を、そっと手放す練習になるのが、草薙龍瞬『反応しない練習』。ざわつく3割との距離の取り方に効きます。
社内の物差しだけで自分を測ると、苦しくなる。だからこそ、社外の物差しも一つ、持っておく。転職を決めるためではなく、健康診断のように、自分の現在地を別の角度から見ておくためです。
社外の物差しを、静かに一つ持っておく(登録無料/"現在地"を測る"高度計"として。転職を決めなくてもOK)
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