転職サイトを、閉じた夜 − "宙ぶらりんの踊り場"に立っていた40代の話 −
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夜、転職サイトを開いていました。
求人を、いくつか眺めました。自分の経験を、職務経歴書のような言葉に置き換えようとして、途中で手が止まりました。しばらく画面を見て、そのまま、閉じました。
求人が悪かったからでは、ありません。
自分の中に、まだ「動く理由」が育っていなかったからです。
先に、正直に書いておきます。この記事は、転職のすすめでも、転職をやめておけという話でもありません。不安なのに、動けない。その夜を、意志の弱さで片づけなくていい、という話です。
ナギ
📒 先に、この記事の3行
- 不安なのに動けないのは、勇気がないからではない。残したいものと、変えたいものが、同じくらいあるから
- 上りも下りもしない場所には、名前がある。階段の「踊り場」。落ちてはいない。止まっているだけ
- 動かなかった期間は、何もしていない時間ではない。次に持っていく荷物を、選んでいた時間
上ってきた道は、見えていた
迷いは、40歳の誕生日にやってきたわけではありませんでした。
僕の場合、40代になったからではなく、管理職になってから、靄が濃くなりました。
若い頃は、次の一段が見えていました。技術を覚える。難しい仕事を任される。リーダーになる。管理職になる。目の前の仕事で精いっぱいでしたが、階段は、上に向かって続いていました。
管理職になって、数年たった頃です。急に、次の一段が見えなくなりました。
正確に言うと、こうです。さらに上の役職という一段は、あることはある。でも僕は、そこを目指さないと、自分で決めていました。技術屋でいたい気持ちと、家族との時間。天秤にかけて、選んだ結果です。
じゃあ、僕の「次の一段」は、どこにあるのか。
上に行きたいのか。今の場所にいたいのか。別の仕事をしたいのか。会社の外にも、何か持ちたいのか。どれも、はっきりとは言えませんでした。
今の仕事が嫌いなわけではありません。大きな不満があるわけでもない。でも、日曜の夜に、ふと思うのです。
「このまま、同じ景色が続いていくのかな」
大きな事件があったわけではありません。次の一段が見えなくなった静かな時間の中で、その問いは、少しずつ濃くなっていきました。
「このままでいいのか」は、あなただけじゃない
この靄は、珍しいものではありません。データにも表れています。
野村総合研究所が40〜50代の正社員2,060人に行った調査では、53.0%が「ミッドライフクライシス」を自覚していると答えています。40代で52.1%、50代で53.9%。半分を超えています。
別の調査(20〜69歳の500人対象)では、40代の78%が仕事の将来に不安を感じているのに、転職を考えていない人は40代で55%でした。
不安を感じている。でも、転職は考えていない。
不安はあっても、すぐに転職を選ぶわけではない。そんな40代が少なくないことが、この数字から見えてきます。僕も、その一人でした。
この状態に、僕は後から名前をつけました。
階段の途中にある、平らな場所。「踊り場」です。
上ってもいない。下ってもいない。でも、落ちてはいない。
踊り場は、失敗した人が立ち止まる場所ではありません。建物の階段に踊り場があるのは、一気に上り切れない高さを、途中で息を整えながら上るためです。最初から、そこに立つことが設計に入っている。
不安なのに動けない自分を、僕は長いこと「宙ぶらりん」だと思っていました。
でも、宙ぶらりんではなかった。
足の下には、ちゃんと床がありました。
動けなかった夜の、内語
結論を先に。動けなかった理由は、勇気の問題ではありませんでした。
転職サイトを閉じた夜、僕は自分に、こんなことを言っていました。
「今すぐ困っているわけじゃない」
「もう少し落ち着いてから考えればいい」
「いま動くのは、リスクが大きい」
「忙しいから、今日はやめておこう」
どれも、嘘ではありませんでした。でも、全部本当でもなかった。忙しさやリスクを理由にして、考えることを少し先へ送っていた面も、確かにあります。
その一方で、別の声もありました。
「結局、自分には動く勇気がないんだな」
同じ「動かない」を、ある日は慎重さと呼び、ある日は臆病さと呼ぶ。日によって、自分への評価が変わる。当時の僕は、動かない自分を、少し格好悪いと思っていました。
ナギ(心の声)
では、動けなかった中身は何だったのか。振り返ると、一つではありませんでした。
まず、失うものが増えていました。
40代は、仕事の責任も、生活の責任も増えます。積み上げてきた信用や経験を手放して、本当に同じようにやれるのか。
次に、外で通用する自信がありませんでした。
長く同じ会社にいると、自分の力なのか、会社の看板のおかげなのか、分からなくなる瞬間があります。外に出た時、自分に何が残るのか。それを見るのが、少し怖かった。
そして、一番大きかったのは、今が嫌いなわけではなかったことです。
つらくて逃げたいなら、動く理由は分かりやすい。でも、今の場所にも、大切なものがある。人間関係も、任されている仕事も、部下もいる。残りたい理由と、変わりたい気持ちが、同じくらいあった。
だから、動けなかったというより、どちらにも決めきれなかった。
今あるものを失いたくなかった。新しい景色を見たい気持ちより、今あるものを守りたい気持ちが、少しだけ強かった。いわゆる現状維持バイアスだったのだと思います。でも、それを意志の弱さだけで片づけるのは、少し違う気もします。守りたいものが増えていた、ということでもあったからです。
動かなかった理由は、勇気がなかったからではない。残したいものと、変えたいものが、同じくらいあったからだ。
そう思えるようになったのは、ずいぶん後のことですが。
踊り場の窓から、外を見ていた
振り返ると、動かなかった期間も、完全に止まっていたわけではありませんでした。
階段は上らなかった。でも、踊り場の窓から、外の景色は見ていました。
たとえば、たまたま経営者の方と話す機会がありました。小さな規模の事業をされている方です。経営者との会話には、会社員の中だけにいた時とは、違う物差しがありました。正解を教えてもらったわけではありません。ただ、「こんな考え方もあるのか」と、窓が一つ増える感覚がありました。
それから、小さな発信を始めました。ブログです。
始めた時点では、それが何につながるかは分かりませんでした。転職の準備とも、副業の準備とも、決めていなかった。ただ、会社の中だけでは使わない言葉で、自分の経験を書き直していました。この業務を担当した、ではなく。何に悩んで、どう考えて、何を選んだのか。
これが、後から、かなり意味のある時間になりました。意味は、先にあったのではなく、後からついてきたのです。
もちろん、ただ寝ていた日もあります。何も考えたくなくて、何も考えなかった夜もあります。それも含めて、踊り場でした。階段の途中では、上ることだけが前進ではありません。
動かなかった期間は、何もしていなかった時間ではありません。次に持っていく荷物と、置いていく荷物を、選んでいた時間でした。
ちなみに、あの夜書きかけた職務経歴書には、のちに、腰を据えて向き合い直す日が来ます。外の物差しで自分の現在地を測ってみた話は、市場価値を測ってみた記事に書きました。でもそれは、踊り場で息を整えた、だいぶ後のことです。
部下も、踊り場に立つ
踊り場に立つのは、自分だけではありませんでした。
管理職をしていると、見えてしまうのです。新しい仕事に挑戦したいと言いながら、話が進むと少し迷う人。今の仕事に不満があるけれど、異動したいとまでは言い切れない人。成長したいと言いながら、自分が何を望んでいるかは、まだ分からない人。
正直、「動けばいいのに」と思うことも、あります。
でも、自分にも同じ時期があったと思うと、簡単には言えません。あの頃の僕に「動けばいいのに」と言った人がいたら、たぶん僕は、静かに窓を閉じていたと思います。
だから今は、勧める前に、聴くようにしています。
「何が引っかかっていますか」
「変えたいものと、残したいものは、何ですか」
答えを出してあげることは、できません。こちらの価値観で背中を押すと、動けたように見えても、それは本人の選択ではなくなってしまう。
「いま決めなくてもいいですよ」
そう言ったことも、あります。以前の僕なら、それは優柔不断を認めるだけの言葉に聞こえたかもしれません。でも今は、こう思っています。それは、踊り場にいる人を、無理に階段へ押し出さないための言葉です。
あなたの隣にも、たぶん、踊り場に立っている人がいます。部下かもしれないし、同僚かもしれないし、家族かもしれません。
次の一段は、小さくていい
留まることと、諦めることは、同じではありません。
当時の自分に声をかけるなら、こう言います。
「動いていないように見えるけれど、落ちてはいないよ」
留まったことは、間違いではなかったと思っています。ただ、正直に書くと、転職していた方が良かった可能性も、ゼロではありません。もっと早く動いていたら、違う景色が見えたかもしれない。そこは、今でも分かりません。分からないまま、書いています。
それでも、留まった時間が無駄だったとは思いません。今の仕事を続けながら、自分が大切にしたいものを少しずつ確かめられた。会社の外に、小さな足場もできた。自分の経験を、自分の言葉で説明する準備もできた。
踊り場は、ずっと住み続ける場所ではないのかもしれません。でも、次の一段を決めるまで、息を整えていい場所ではあります。
もし今夜、何か一つだけやるとしたら。僕のおすすめは、これだけです。
現在地を、紙に1行だけ書く。
「不安はある。でも、今は動かないことを選んでいる」でも。「変えたいものが何か、まだ分からない」でも。どちらでも構いません。採点はしない。ただ、今いる場所に、自分で名前をつける。宙ぶらりんだと思っていた場所が、踊り場だったと分かるだけで、少し息がしやすくなります。
不安は、今も僕の中にあります。数年後にどんな役割をしているのか。今の経験がいつまで価値を持つのか。外でも通用するのか。ブログを始めたからといって、不安が消えたわけではありません。むしろ、外が少し見えたことで、自分に足りないものも見えるようになりました。
でも、以前と違うことが一つあります。不安を、すぐに消さなければならないとは、思わなくなりました。
不安があるから、必ず動かなければならないわけではない。不安を持ったまま、今の場所に留まることもできる。そして、準備ができた時に、小さく一段だけ上ればいい。
まだ、僕も踊り場の端に立って、上下を見ている途中です。
📒 この記事の3行
- 不安なのに動けないのは、勇気がないからではない。残したいものと、変えたいものが、同じくらいあるから
- 動かない期間も、止まっていたわけではない。踊り場の窓から外を見て、荷物を選んでいた時間
- 留まることと、諦めることは同じではない。次の一段は、準備ができた時に、小さく一段だけでいい
※この記事は、一人の会社員の一次体験です。不安が強く、眠れない・気分が晴れない日が続く時は、無理をせず、社内外の相談先や専門家を頼ってください。
— Calmly. Surely. —
もう一歩、深く知りたい人へ
「中年期の揺れ」を、もっと広い視点で見せてくれる一冊があります。臨床心理学者の河合隼雄さんが、人生の折り返し地点で起きる心の揺れを、豊富な事例とともに描いた本です。
中年危機
中年の危機は、壊れる予兆ではなく「人生の後半を、自分のものにするための転回点」。今すぐ動けと急かさず、揺れそのものに意味があると教えてくれます。踊り場で息を整えている時間に、静かに寄り添ってくれる一冊です。
- 「このままでいいのか」を病気扱いしない視点
- 揺れは、人生後半への転回点だという考え方
- 答えを急がず、揺れと付き合う知恵
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